水戸での夜、居酒屋の話。なのだよ。
無性にどこか遠くへ行きたい。
よく晴れた金曜日の朝、ベットの上でそんな衝動にかられた。
原因は、いつかの日にライブの前に読んだポールマッカートニーパンフレットの中に書いてあった言葉だ。
“僕はいつも、いちばん好きな格言は何かと聞かれるけど、答えはいつも同じだ。
『To thine own self be true(自分自身に対して正直であれ)』というシェイクスピアの台詞だ。
つまり、とにかく正直になれよ坊や、ってことだ。”
- PAUL MCCARTNEY FRESHEN UPより -
これはライターに16歳の自分に会ったら、どんなことを助言しますか という質問に対する彼の答えだった。
この時の私は、何をするにも憤りを感じ、高い壁に囲まれている様であった。
焦って出口を見つけようとするけれども、自身で落とし穴にどんどん落ちていくような。
つまり悪循環というやつだ。
そんな時に彼の言葉を見た時にハッと心に引っかかったのだ。
私はすぐに時刻表の路線図を広げた。
遠くへ行きたい。
といってもそんなに長いこと贅沢はできる訳もなく、
かといって予定だって既に入っている。金額・予定から考えてリミットはせいぜい3日くらいだろう。
まだ乗っていない路線がいいな。。。
東京の付近から視線を走らせる。
、、、、、そうだ。茨城なら何かあった時にすぐに戻れるし、気分が乗れば東北にもとべるから丁度いい。
大体のルートだけを決め、とりあえず2日間だけ宿を予約する。
準備も簡単に済ませ、朝起きてから2時間後には自宅を出発していた。
最初の1日は、只々鉄道に揺られるだけの旅。
西日に染まる鹿島線や鹿島臨海鉄道に乗り、窓を見ながらボーッとする。
耳から流れるのは出発時からずっと聴いている小林克也のラジオ「FUNKY FRIDAY」のみ。
付きまとって来る謎の空虚感から逃げるように、鉄道を乗り換えてその先へ進む。
初日の宿泊地は水戸にした。本当であれば下館に泊まりたかったか、なかなかいい宿がなかった。
駅から徒歩10分程歩いて、3,000円の安いビジネスホテルにやっと荷物を置く。
風呂トレイ付き。歯ブラシ・ドライヤーが部屋に備え付けられているのだから自分にとっては上々の設備である。
あまり休憩をしすぎると出不精になってしまうのでそこそこに、部屋を出て居酒屋探しが始めた。
都内よりも少し冷え込んだ街を彷徨い歩く。
北口であればもっと店があるはずだが、生憎今回の宿は南口だ。
少し小洒落た店が数件並んでいるがそんな気分でもない。
脇道を入ると”あんこう鍋”とでかでかと書かれた旗にいくつも酒の瓶が並んでいる店の前を通った。
「観光客向けだな。」
ぼそりと呟いてその場を立ち去る。
こういう時に頑固に自分の価値観だけでぐるぐると歩き回るのは、同行者がいると疎まれるであろう。
つくづく1人は楽なものだと思う。
反対側の別の脇道に入ると、ポツンとその場だけ閉鎖されたような小汚い店が一軒。
バチッと私のレーダーが反応した。
おそらく大衆向けでお決まりの常連たちが通うような店だろう。
ここで決まりだな。中に入ろうとすると、戸が半分空いており少し覗いてみる。
なんと予想以上にその中は、中年のサラリーマンで賑わっており、とても入れそうなスペースは見つからない。
遅かった、、、、少しガッカリしながら店を後にする。
来た道を戻ろうとすると、さらに見逃してしまうくらいにじみな小道に一軒店があった。
観察してみると看板がやや新しい。暖簾も小綺麗であるのが妙に引っかかるが
気になったので中に入ってみる。
ガラガラガラ。
「いらっしゃい。」
爽やかな笑顔で出迎えてくれたのは、健康そうであるのに妙に色気がある女将さん。
店内を見渡すと、10名も入ればいっぱいになってしまうようなコの字型のカウンターのみで
そこそこ常連らしき客たちで埋まっていた。
この日は女将さん一人で切り盛りしているようであった。
とりあえず、ビールを頼む。
瓶の銘柄は麒麟のクラッシックラガー。さすが分かっている。
女将さんに最初の一杯を注いでもらうという何とも嬉しいサービスに襲えきれなくなり
黒板に書かれた品書きを見ながら注文した。
名前は覚えていなが珍しい鳥の名前の唐揚げ、
厚揚げを焼いたようなもの
塩炒り銀杏をお願いする。
女将さんの様子を見ていると、絶えず常連客らしき男達から話かれられながらも
笑顔で応答し、慣れた手つきで手早く調理をしていた。
どうやらここに来ている客達は女将さんのことが大好きな人ばかりであるように見えた。
その好かれようは、ちょうど卵を切らしており卵焼きが作れない女将さんの代わりに
近くのスーパーまで買い足しに行くほど。
おそろべし、女将さん。。。
-どうぞ。
15分程で唐揚げが目の前に置かれ、そこから数分後厚揚げ焼きも持って来てくれた。
一口頬張ってみると、家庭的で優しい味わいが広がった。
単に温度だけではない伝ってくる暖かさに、思わず目を閉じゆっくり噛み締めて味わう。
その美味しさにグラスに注ぐ右手も忙しくなる。
順に銀杏も出て来た。
口に入れれば、秋が訪れていたのだと改めて実感させられる。
季節感の出る料理は、風情があって好きだ。
合わせて飲み物も熱燗にチェンジし、クイっといただく。
流れるBGMも堀江淳のメモリーグラス。
飲んでいるものは日本酒であるが
一人飲みに浸るには、まるで小説かのように十分なほどの空間であった。
女将さんに視線を戻すと相変わらず常連客との会話で盛り上がっていた。
「私の初めて買ったLPは、ビリージェルのストレージャーだったわ!」
何の内容かは置いておき、中々女将さん渋いところ行くのネ。。。
まだスマートだったビリージョエルの姿を思い浮かべながら
イントロの口笛が脳内にリフレインする。
徳利の中身が半分になる頃には、日中感じていた空虚感は薄れていた。
冷え切った心を溶かすのは、やはりこういったごく日常に溢れる人の暖かさなのかもしれない。
中々聞き応えのある会話もBGMに穏やかに夜は更けていった。
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- 2018.12.28 (金) 00:02
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このコメントは管理人のみ閲覧できます- 2018.12.29 (土) 17:29
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このコメントは管理人のみ閲覧できます- 2018.12.29 (土) 20:35
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Author:森田 涼花(もりた すずか)
26歳
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吉原の多恋人俱楽部という店に在籍している森田涼花といいます。
大人の職業をさせていただいてますが、当ブログでは個人的な日常と趣味についてツラツラと綴っていくブログです。
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